優しい手①~戦国:石田三成~【完】
城つきの薬師に三成の傷を診てもらい、処置をしてもらった。


「出血の割には傷は浅いようです。数日は安静にお過ごしになってください」


「かたじけない」


そして部屋に2人きり。

記憶の戻った三成は、かつての時と同じよに慈しみのこもった瞳で桃を見つめた。


「な、なに…」


「そなたを忘れるとは馬鹿なことをしたものだ。すまぬ」


律儀に頭を下げて謝る三成の姿も、記憶を失う前の三成と同じ。

じわじわと愛情が沸いて来て、もうこれ以上自分も、三成や謙信のことも傷つけたくなくて、勢いよく立ち上がった。


「桃?」


「お風呂入って来ます!三成さんお風呂は駄目だから身体を拭く程度にしてね!」


「ああ、わかった」


部屋を飛び出して毘沙門堂の前を通った。

そこにはいつものように幸村が入り口で番をしていて、吸い寄せられるように桃が近付くと…止められた。


「桃姫、いけません」


「…待ってる。ずっと待ってるから」


「…伝えておきましょう」


中からは声は聴こえず、謙信が何をしているのかが全くわからずに、湯殿へ行って身体を綺麗に洗うと、浴衣を着て自室へと戻った。

三成も身体を綺麗にしたらしく着替えも済んでいて、傍には…お園が居た。


「お園さん…」


「三成様の記憶が戻ったとお聞きしました。…ようございました」


復縁が近い、と城内でももっぱら噂でもちきりだったお園と三成。

だが実際は、三成は頑なにお園を拒み、桃を求めていた。

今も早く立ち去ってほしいという意思表所が顔に現れていて、お園が部屋を出て行く。


「いいの?何か話があったんじゃ…」


「俺にはない。桃、勘違いをするな。俺はそなたが居ればいいんだ。……何を言わせる!」


相変らずの照れ屋で耳まで真っ赤にした三成が、お園が持ってきたお茶を豪快に呷って飲んだ。

動く喉仏。

こんな光景も、いずれ見れなくなる。


「謙信さん…遅いね。疲れてないのかな」


「謙信が来ないとそなたの想いは聞けぬのか?」


「うん…。もうちょっと待ってみようよ」


――結局この日、謙信は部屋には戻ってこなかった。
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