優しい手①~戦国:石田三成~【完】
大広間は騒然となった。


“謙信の死後の後継ぎは景虎に”という景虎派と、“謙信の死後は血のつながりもある景勝に”という景勝派の声と――


非難と安堵の声が入り混じり、そして景虎は畳に拳をつき、深々と謙信に頭を下げたまま顔を上げない。


桃はそんな景虎がついた手に手を重ね、できれば景虎の耳を塞いでやりたかった。


「みんな、やめて…」


「桃姫…良いのです。私は元々北条から人質として上杉に差し出された者。そんな私を父上が…いえ、謙信公が哀れに思って養子にしてくださったのです。皆が怒る気持ちもよくわかります」


――それまで謙信はじっと黙っていたが、突然何の予備動作もなくすっと立ち上がった途端、皆の騒ぎがぴたりと止まった。


…顔を見れば、わかる。


謙信が怒っているということが。


「と、殿…」


「皆は景虎の決断に同意なのか、反対なのか。まずそれを聞きたい」


ごくりと喉を鳴らす音があちこちから聞こえて、顔を上げない景虎の肩が小刻みに震え、桃は思わず景虎の腕に抱き着いた。


謙信はそんな桃に目もやらず、静かすぎる口調でこちらを注視している家臣たちに続けた。


「私も今さら、と思ったよ。だけど北条だって家を建て直すのに必死だ。そして景虎は相模を継ぐに相応しい主となるだろう。私は彼の決断を尊重したい」


「……謙信公…」


「景虎、その呼び方はやめなさい。私は今でも君の父で、そして味方だよ。つらい目に遭ったらすぐに連絡を。“三郎景虎”として国を正し、平穏に導いてゆきなさい」


畳にぽとぽとと涙が落ちては弾け、景勝が景虎の隣にそっと座ると、肩を抱いて引き寄せた。


「俺たちはいつだって親友であり、味方だ。忘れるな」


「…景勝…」


堪えきれずに腕で顔を覆って泣き出した景虎に家臣たちが次々ともらい泣きして、その中謙信はふっと笑うと上座から降りて景虎の前に座り、子供にするように髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。


「父上…ありがとうございます…。このご恩、一生忘れませぬ」


「君は北条に戻るけれど、私の子に変わりはない。頻繁に文をやりとりして互いの様子を知らせ合おう」


優しさに満ちた、謙信――
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