優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信が桃を迎えに行こうと思って席を立ち、廊下を歩いていた時――


「…謙信様…」


「ああ、清野?よく尽力してくれたね」


床に額がつきそうなほどに深く頭を下げた清野に声をかけると、身体が震えた。


「君の働きには本当に感謝しているよ。褒美は何がいい?」


――瞳は潤み、上目遣いで見上げて来る清野が何を欲しているかは知っている。

だが、それを与えてはならない。

桃を裏切りはしない。


「では…」


「私以外の何かで頼むよ」


腕を組んで柱に寄りかかると、怖ず怖ずと白い手を伸ばして腕に触れてきた。


「1度…1度でいいのです。私を…抱きしめて下さいませ」


「それはできない。私は桃以外の女子には触れないと決めたんだ。だから…」


さらに拒絶の言葉を口に乗せようとした時――


清野がぎゅうっと抱き着いてきて、一瞬ぽかんとしてしまった。


「打ち首になっても構いません。謙信様にもう1度…触れたかっただけでございます。あなたの刀にかかるのであれば幸せでございます」


…健気だ。

たった1度、仕置きとして抱いただけなのに、それを宝物のようにして大切にしている清野。


「ふふ、もうこれでおしまいだよ。君の働きがあったから桃は親御と会えたんだからね。じゃあまた後で」


「はい…」


――謙信の細く固い身体…

謙信に見つめられただけで一気に熱くなった身体…


清野は謙信が見えなくなるまで見送った後、膝から崩れ落ちて両手で顔を覆った。


「謙信様…」


あの長く苦しい潜入も一瞬で報われた。


抱いて欲しい、とまではもう言うつもりはない。

ただ少し…少し欲張りになりたかった。


だがそれも報われた。

これからも謙信の傍で働いてゆこうと決意し、腰を上げた。


――そして湯上りの桃と謙信は湯殿の前で落ち合った。


「あれ?謙信さん、お風呂入るの?」


「いや、君たちを迎えに来ただけだよ。むさくるしい男たちと一緒に居るのは飽き飽きなんだ」


桃の肩を優しく抱いて再び私室へ向かって歩き出した謙信は、桃の喜ぶ一言を発した。


「今日はご馳走だよ」
< 585 / 671 >

この作品をシェア

pagetop