優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信が大広間に戻ると、上座の傍には豊臣秀吉が顎髭を撫でながら鎮座していた。


「おお謙信公!挨拶が遅れて申し訳ない、ちいと船旅が堪えて寝ておったのじゃ」


「いえ、お元気そうで何よりです。茶々殿も桃と会えて嬉しそうにしていますよ」


にこやかな笑顔を交わしながら謙信が上座につき、重臣たちが遠巻きに座りつつ様子を窺っていると、秀吉は大声でからからと笑い、膝を叩いた。


「取って食ったりしやせんよ。謙信公、儂も桃姫に会いたいのう、駄目か?」


「今桃は床に臥せっています。…子を身籠っているかもしれないので様子を見てご案内しますよ」


子と聞き、秀吉の瞳がすっと細くなった。

秀吉は、三成と桃が仲睦まじかったことをよく知っている。

祝言の仲介人に、とまで思っていたのだから、悪びれもなく謙信に言ってのけた。


「もちろん三成との子じゃろう?」


「さあ…それは生まれてみなければわかりません。まだ仮定なんですよ、“身籠っているかもしれない”なんです」


ひそりと交わし合い、見つめ合うと、秀吉は謙信の真っ直ぐで静かな姿勢に感銘を受け、浴びせようと思っていた罵声を引っ込めた。


「…無理矢理ではなさそうじゃな」


「私が桃を無理矢理身籠らせたとでも?ふふふ、違いますよ。桃は私か三成か…選べないんです。だから戻る決断をしたんですよ」


「そうか…それは謙信公もつらかろうて」


「つらいのは桃です。私たちは彼女の決断を優先することを誓いました。だけど私はこの手に我が子を抱いてみたい。…まあ、三成の子かもしれないんですけれど」


女子と見紛う美貌が苦笑に揺れると、秀吉は声を潜めてさらに上座ににじり寄った。


「のらくらと言い訳をするのはもう限界じゃ。忍連中も儂の裏切りには気付いておるじゃろうから、一気に叩こうぞ」


「よく決断してくれました。信長亡き後はあなたが天下を」


「儂は老い先短い老いぼれじゃて、天下は貴公に譲る。信長公…1度はお助けした方じゃが…儂は三成のことも大切なんじゃ。三成が命よりも大切にしている桃姫の親御を監禁など…あってはならぬ」


「では共に織田信長を滅ぼしましょう」


血判状が運び込まれた。
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