優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「姫、入るよ」


正座した膝の上で絵を握りしめたまま俯いている桃の隣に謙信は腰を下ろした。


ただ話しかけもせず、ずっと――


「…謙信さん…越後って…遠いの?」


――仄かに期待できるその質問に、謙信は頷きながらも憔悴している桃の肩を抱いて寄りかからせた。


「遠いけれど、一度越後へ行くことは良いことだと思うよ。その後姫がここへ戻って来たいのであれば…そうするといい」


会ったことのない両親は越後に居るかもしれない。

こんな戦乱の時代に途方に暮れていることだろう。

母だけ元の時代に帰れるとしても、父を置いて帰れるはずがない。


「…やっぱり三成さんに相談しようと思うの。とっても親切にしてくれて…だから三成さんに…」


「ずいぶん慕っているようだね。それは恋心なのかな?」


――ぱっと顔を上げた桃の顔には図星の色がありありと浮かんでいて、

それを謙信は一向に気落ちすることなく深く桃を抱きしめた。


「あの男は気難しく、戦略に長けた男。他国の城主が欲しがるほどの器の持ち主だよ。でも私は君の方が欲しいから」


謙信の言葉が耳に届くようになった桃はその顔を見つめた。


「え…」


「三成も同じことを言ったでしょ?姫、私は戦は嫌いだけれど、姫の心を手に入れるためなら戦を起こせるよ。だから私をもっと知ってほしいんだ」


笑みをたたえたまま謙信の顔がゆっくりと近付いてきて、キスされる…と思った桃は頭に三成のはにかんだ笑顔が浮かび、首を竦めた。


「…唇は駄目?だったら他の場所でいいよ」


――そう言いながら謙信が唇を寄せた場所は…桃の耳だった。


「…あ…っ」


優しく息を吹きかけられては耳たぶをぺろりと舐められて、身体の力が抜けてしまう。


「謙信さ…、やめ…っ」


「可愛いね、姫。私がもっともっと可愛くしてあげるよ」


――さらに踏み入った行為に及ぼうとした時…乱暴に足音が近付いてきて、謙信は身体を起こして何事もなかったかのように襖を見つめる。


「殿ぉ!お戯れが過ぎますぞ!尾張でお手付きはなし!そうお約束したはず!」


兼続の助け船に、桃はほっと息をついた。
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