契約恋愛~思い出に溺れて~
私は洗いものの手を止めて、彼を見た。
「恨んでる?お母さんの事」
「まあね。周りの人間が当たり前に持ってるものが俺には無かったんだ。
嫌だった事は間違いない。
ただ、……それにこだわってたってどうにもならなかったから」
「……」
「母親がいないって事実は変えられない。
だから考えないようにしてた。
やることも一杯あったし。
親父は手はかけてくれなかったけど金はかけてくれた。
割り切ってしまえば、生きて行くのはなんてことなかったんだ」
「そう……」
やっぱりそうなんだ。
私はずっと彼を、何でも自分で解決してしまう人なのかと思っていた。
でもそうじゃない。
彼は、自分が本当は傷ついてるんだって事にも、多分目を向けてこなかったんだ。
生きていくために、自分の感情を切り捨てて来てしまったんだ。
悲しいとか、悔しいとか、そんな気持ちは。
確かにこだわってしまったら動けなくなる感情だから。
そんな彼にとって、いつまでも死んだ夫の思い出にすがりついていた私は、どれだけ情けなくうつっていたんだろう。
そう思うと、何だか自分が恥ずかしくなってくる。