契約恋愛~思い出に溺れて~
光沢のあるブラウスにカーディガンを羽織り、ロングスカートをはいている女の人。
きちんと染めてある黒い髪。
けれども深い皺のせいで、年齢は60歳近いように見える。
私の母と同じか、少し若いくらいだろうか。
きょろきょろと辺りを見渡しているその手元には、不似合いな赤いノート。
この人が、英治くんを生んだ人。
英治くんのお母さん。
「……っ」
無意識なのかも知れない。
英治くんはそっちを見据えたまま、一歩後ずさりした。
当然、後ろにいる私との距離が縮まって、
手を伸ばして背中を触ると、彼はビクリと震えた。
紗優が立ち止まって、不思議そうに彼を見上げる。
「英治くん、あの人?」
紗優が何かを言いだす前に、私が口火を切った。
「あ、……あ、うん」
彼は自分を取り戻そうとするかのように、頭を軽く振って、瞬きをした。
焦点を合わせて、私の方を見る。
どこか頼りないその表情に、今まで隠れていた彼の本心が見えたような気がした。