四竜帝の大陸【青の大陸編】
「……ミチ、ラーズ。奥様にお会いする前に注意点がいくつかあります。着替えたら事務所にきて下さい」
「はい、支店長。コナリちゃんにも声かけますか? 厨房でダルフェさんとお菓子を作ってましたけど」

ミチの申し出にバイロイトは頷いた。

「ええ。お願いします。とても大切な話ですからね」

駕籠から出て、少年二人は飛び跳ねるように屋上を後にした。
残ったバイロイトは工具の袋を小脇に抱えながら『空飛ぶ宝石箱』の扉を閉め、輝く外観を眺め……深いため息をついた。
つがいに求愛行動中の雄竜に近寄るなどというのは、自殺行為だ。
かわいい部下達にはこれがどんなに危険な事か、きちんと説明しなくてはならない。
通常はありえないことだと、しっかり認識させないと彼らの命にかかわる。
竜族は幼竜に寛大で、危害を加える事はない。
が、求愛行動中は雌以外は眼中に無い。
雌の気を他の者が少しでもひけば、怒り暴れ狂う。
そんな状態の雄、しかも世界最強竜ヴェルヴァイドの求愛行動中にその対象者とお茶。

カイユの話では、あの娘の希望でそうなったらしく。
同じ竜族として……ヴェルヴァイドが気の毒になった。
無表情な美貌の内面は煮えくり返り、のたうち回るほど苦しく辛く……切ないはずだ。
それを押さえ込み、つがいの希望を優先させるなど。
本能を上回る理性の強さに脱帽する。
自分には無理だった。

「やはりあの方は、我々とは違いますね」

バイロイトは400年程前に、ヴェルヴァイドに会った事がある。
その時は人間達のつけた数々の仇名がぴったりの氷の彫像のようだった。
だが、今は。
 
「とてもお幸せそうで……。よかった」

異界の人間がつがい相手と知った時は、今後を憂いたが。
あの娘なら、なんとかなる気がする。
人間をつがいとした竜の悲劇を、彼等なら繰り返さない事が出来ると……。
ヴェルヴァイドが愛しい娘に悲劇の結末を与えることは、きっとない。
彼はその為に全ての力と知識を、惜しみなく使うだろう。

「グウィドリア。君のような悲しい結末はもう、たくさんだ」

蛇竜と成り果て竜帝に討たれた幼馴染。
優しく穏やかで、気高く美しい竜騎士だった。

その彼が。

人間の女の望みのままに人を殺し、同族を引き裂いた。
竜の肉は万能の薬。
それは短命な人間という種の欲望が生み出した、偽りに過ぎない。
 
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