≡ヴァニティケース≡
そこで石田が白衣を翻し、部屋を出て行った。パート事務員も頭を下げて石田を見送っている。
─────違う。チャンスは待つものじゃない。作るものだわ─────
美鈴は乾坤一擲ケンコンイッテキの勇気を、ティーブレイクで和んだ空気に紛れさせて蒔田に近付いた。
「あの……蒔田先輩」
だが、彼は素知らぬ顔で書類を揃えている。聞こえていないのか相手にする気がないのか、だが、ここまで来たらもう後には退けない。
「先輩っ!」
今度は少し強めに呼び掛けてみた。これで反応がないようならいっそ叩いてみようか。机を叩くか頭を叩くかはその時考えようと美鈴は思った。
「な、なんや新人、藪から棒に」
蒔田は驚いたように顔を上げた。どうやら本当に聞こえていなかったようだ。
「すいません。ちょっとお尋ねしたい事が有って……京都の治安の事なんです」
「治安? それがどないしたんや」
「いえ、昨日帰宅途中に通り魔みたいな男に襲われまして、こっちは良くそういう事が有るのかなと思って……」
蒔田の顔色が微妙に変化したのを美鈴は見逃さなかった。