≡ヴァニティケース≡

 だが、そのお陰で事務所には美鈴の他に誰も居なくなっている。今が好機だ。千載一隅のチャンスだ。核心に近づくためにも、彼の所持品から証拠になるものを探っておかねばならない。美鈴は蒔田の机の抽斗を開け、中にある物を手当たり次第に調べた。


「これで何かが出てくれば、あのオヤジを追及出来る」


 しかし、そこには文具、携帯の充電器、彼が毎日読んでいるスポーツ新聞の束と、およそ証拠とは掛け離れた物ばかりが目に付く。それらは押し並べて、ごく一般的な事務員の所持品ばかりだ。他に有った資料も、やはり入院患者の情報が記載されたものや会計に係わるものが殆んどだったが、考えてみればこんな所においそれと犯罪の資料を紛れ込ませておくとも思えない。


「それはそうよね。悔しいけれど仕事はキチンとする彼だもの。無防備に証拠を残すなんて、そんなドジを踏む訳がないわ……。もし有るとすればこの鍵付きの引き出しか……いいえ、やっぱりあのバッグだわ」


 美鈴が当たりを付けたのは、蒔田がいつも帰宅時に書類をまとめて放り込む、くたびれたブリーフケースだった。大事そうに小脇に抱えて帰る、所々皮の剥げたあのバッグの中に、なにか重要な証拠が隠されているに違いない。どうにかして調べてみたかったが、果たしてその機会は訪れるのだろうか。



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