≡ヴァニティケース≡
「嗚呼……こんな時に、あんな男でもいいから居てくれたら……」
とうに関係が断たれた男だが、不意に隆二の逞しい腕を、分厚い胸板を思い出す。彼が傍に居れば、こんな怖い思いをすることは無かっただろう。そしてこんなに人肌恋しくなることも無かったのではないだろうか。
女は不安に苛まれると、どうしようもなく男の匂いが恋しくなる時が有る。それは快楽を求めるのとは違う。あの匂い、あの充実感に満たされて心の安定を計りたくなるからだ。自分の身体を覆う逞しい筋肉の感触、自分の背中に温められたシーツの肌触り、そして自分の存在を忘れさせるほどの愛撫の刺激が美鈴は懐かしくて仕方ない。快楽はともかく、愛の行為は女に確かな解放をもたらす。心と身体はひとつなのだ。
それもこれも女の弱さを意地悪く露呈させているようで気恥ずかしくなったが、それも僅かな間だけ。美鈴はやがて次々浮かんできた感情に押し潰されそうになっていた。