≡ヴァニティケース≡
─────怖い。怖い。忘れたい。逃げ出したい。大丈夫だと、心配は要らないと、耳元で囁いて欲しい─────
美鈴は布団を被った。つい、その中で自分自身に触れてみる。途端、暗闇に思い出すのは過去に愛した男達の姿。瞼の裏に浮かぶのは、過去に交わしたアルスアマトリアの技法。
─────でも今は快楽なんか要らない。それよりも心からの安寧が欲しい……─────
そうして美鈴がまどろみに囚われたのは明け方に近かっただろう。
翌朝、京都に来て初めて病院を休んだ。夜明けまでまんじりともせずにいたせいもあって、やはり体調が優れなかった。この調子では職場へ向かっても集中力に欠け、きっと隙が出来てしまう。これでは敵にムザムザと襲われに行くようなものだ。『鴨が葱を背負って……』とは京都のことわざではなかったか。いずれにせよ、暫くは病院に行くのを避けた方がいいだろうと彼女は思っていた。