≡ヴァニティケース≡

「すみません。お休みをいただきたいのですが」


『おお新人、どないしてん』


 断りの電話を入れると、偶然にも蒔田が電話口に出た。


「あ、先輩。おはようございます。実は昨日もちょっと怖いことが有りまして、体調も優れないので今日はお休みさせて下さい」


「おお、おお。そうやな、ゆっくりしたったらええ。暫く休んどってもわてがなんとかするさかい」


 心なしか楽し気に話すその声を聞いて、美鈴は胃の辺りに不快感を覚えた。蒔田が黒幕だという確証は無いが、結果的に奴の思うつぼになった事が悔やまれる。終始邪魔者扱いをされ、遂には体よく職場を追い払われて終わりでは、京都まで単身乗り込んだ意味がない。だが、殺されてまでここに拘る理由もないのは確かだった。


─────このままずうっと引きこもっちゃおうかしら。……いえ、私にそんな余裕なんか有る訳ないじゃない─────


 美鈴は脳裏にかすめた甘えを慌てて否定した。しかし、今朝はもう休むと伝えてしまったのだ。あと2、3日はゆっくりして、その間に今後の作戦を綿密に立てるしかない。後は心に決めた事を実行するだけだ。



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