≡ヴァニティケース≡
美鈴はもう我慢が出来なかった。ここ数日、石田に迷惑を掛けないよう黙っていた事が逆効果になったらしい。命の危険に立て続けに曝されたことによって、いつしか募った不安が心の危険水域を越えてしまったのだ。
悲しいとか怖いとか、もうそんな言葉では説明が出来なくなっていた。深くパンに染み込んでいた涙という名のバターが、さまざまな外圧によって表面に滲み出てきたようなものだ。
「大丈夫。心配ない」
石田の言葉が胸に響く。今なら彼に抱かれてもいいとさえ思った。涙を出し切るまで、その考えは変わらなかった。
そして10分、20分が経って漸く落ち着いた美鈴は、これまでのことを全て石田に話していた。
「なんだって!? マキマキがか? あいつは確かにいけすかない男だが、まさかそんなこと……」
「でも……様子が変なんです。今日だって欠勤の電話を入れたら、妙に明るい声になって……」
石田は腕を組んで神妙な顔をしている。心なしか普段よりもかなり老け込んで見えた。