≡ヴァニティケース≡

「ねえ、先生。その洋子ちゃんとは結局上手くいったんですか?」


「それが5年の時に転校して行ってしまってね。それ以来会ってない。悲しい別れさ」


 美鈴も自分の小学生時代に思いを馳せた。その頃好きだった、眉毛の凛々しい福里くんは、今どうしていることだろう。


 それにしてもこんな話をしていると、なんだか石田が本当の父親のようにも思えてくる。昨夜は不覚にも抱かれていいとさえ思ったものの、やはり二人のこの空気は親子にこそ相応しい。


 事実、石田が傍に居てくれたおかげで、あれほど不安だった通勤もあっと言う間に終わり、病院にはすぐに着いてしまった。


「おはようございます」


「ああ、おはようさん」


「おはようさんどす」


 今日も職場では、いつもと変わらない挨拶が交わされている。美鈴の不安な毎日など、仮に誰が知ったところでテレビや小説の中の出来事に過ぎないだろう。別段彼らへ説明する気にもなれなかった。



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