≡ヴァニティケース≡
ある夜、渡辺綱が戻橋を通り掛かった時、不意に現れた女性から家まで送って欲しいと頼まれた。綱は深夜に女が一人でいるのを訝りながらも、放ってはおけないと女を馬に乗せる。当時の武士からすれば当然の行為だったのだろう。だが、その途端に女が鬼の姿となり綱に襲いかかってくる。これが茨木童子であった。大江山での大々的な鬼退治に名を連ねていた綱を、退治された酒呑童子の配下であった茨木童子が恨んでいたのは想像に易しい。しかし、そこは剛勇で知られた綱だ。憐れ茨木童子は腕を切り落とされ、そのまま山へと逃げ帰って行ったらしい。
この時に茨木童子の腕を切り落とした太刀こそが、後に源氏棟梁の佩刀ハイトウとなる髭切りの太刀。平家が滅んだ源平合戦でも、頼朝の腰には髭切りが携えられていて、その太刀は今も北野天満宮に所蔵されていると記録にはある。
「あやかしや物の怪はね、時に美しい女の姿で、また時には幼い子どもの姿で人を誑タブラかすのよ」
川の向こう岸で、美鈴と同じ顔をした女がそう言った。
「あなたはあやかし? それとも物の怪?」と。
「わ、私は違っ……」