≡ヴァニティケース≡
しかし、男は眉ひとつ動かさなかった。それどころか、さらに冷たく蔑むような視線になった。吐き捨てるように放った言葉は、こうだ。
「世の中は所詮、カネが物を言うんです。カネがカネを生み、そのカネでどんな力も手に入る。この世界は富める者達の所有物です。貧しき者の意思などとは関係ない所で動いているんですよ」
そしてまた男は顔が触れそうな程に近付き、クンクンと鼻を鳴らしてから、言葉を繋いだ。
「貧しき者、持たざる者には、生きる権利だって与えられてないんだ!」
────何を言ってるの? 私を連れて来たのは、他の目的が有るからじゃないの? やっぱり殺す為だけに拉致したのぉっ?!────
美鈴は死の恐怖に襲われ、一瞬にしてパニックに陥った。顔中の毛細血管が膨張して、心臓の鼓動がそのまま顔面に伝わる。冷静と錯乱を分かつ壁など紙一重の厚さだ。線香の煙よりも儚く、蜘蛛の糸よりも頼りない。美鈴に暴れるなという方が無理だろう。