≡ヴァニティケース≡

 予想通りに誘われ、予想外の感覚に打ちひしがれ、ただ緊張し、快楽も享楽もない。それなのに、雨に打たれたミミズの死体のような使用済避妊具を眺めながら言った言葉「ありがとう」


 そう……その時美鈴は、こんな気持ちで「ありがとう」と言ったのではなかっただろうか。


 勿論あの時と同様、男は何も答えなかった。ひたすら自分のするべき事を黙々とこなしている。やはり男とはそういうものなのだろう。【理解】を伴わない【納得】が、美鈴の胸にじんわりと広がっていく。


 抱きかかえられ運ばれている視界には、むき出しの壁、汚れた床、丸まったハンバーガーの包み紙、潰れた空き缶、煙草の吸い殻などが見えた。


 あの悪夢の地下室を出てからも、随分と長く男の腕の中に居る。監禁されていた場所から車までは、かなりの距離が有ったようだ。



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