貴方に愛を捧げましょう
地響きのような咆哮が辺りに響く。
聞いただけで感じられる、その唸りに含まれた怒りの感情。
「な、に……」
その光景に呆然としながら葉玖の胸を押して、あたしを囲う腕から抜け出した。
倒れて動かない彼女達を見下ろすそれは。
引っ越しをしたあの日に見た、黄金色の大きな狐。
でも、本当にあの日と同じ狐なの?
あの日よりさら大きくて、体躯だけでも三メートル以上はある。
その上、黄金色の毛は威嚇するように逆立ち、九本の尾は苛立つようにゆらゆらと揺れている。
倒れて動かない彼女達へと、今にも飛び掛かっていきそうだ。
その光景を呆然と眺めながら、彼に訊ねた。
「──…死んだの?」
「いいえ。ですが、貴女が望むなら息の根を止めても構いません」
いつもの蜂蜜みたいな甘い声じゃない。
目の前にいる狐同様、怒りの感情を含んだ低く唸るような声。
その言葉を聞いて思わず振り返る。
あたしのすぐ後ろにいた彼の表情は、今までに見たことの無い、どこまでも冷徹なもので。
二つの黄玉は冷たい焔を静かに宿し、眼差しには暖かみなどまるでない。
その瞳はあたしじゃなく、倒れて動かない彼女達に向けられていた。
でも、そんな事はどうだっていい。
気になるのはただ一つ。
あたしは再び振り返り、今更気付いた事実を確かめるべく、呼び掛けた。
「葉玖…?」
夕陽に照らされ橙色に輝く目の前の巨体が、ピタリと動きを止めた。
同時に唸り声も止み、一瞬にして静けさが辺りを包み込む。
けれど、二つの耳だけはこっちを向いて。
そのあとに、ゆっくりと頭もこちらに向けられた。
「──……」
土に深く食い込む、鋭い鉤爪。
口元から零れ見えた、羅列する鋭く真っ白な牙。
獰猛で野性的な、蜂蜜色の瞳。
それは──確かに“葉玖”だった。
後ろにいる彼も、あたしを見つめる化け物も。
確認するまでもなく、その瞳を見れば分かる。
初めて彼に会ったあの日のように、目を逸らすことが出来ないんだから。
その獣は、危険で妖しく……美しい。