貴方に愛を捧げましょう
「どうして……二人同時にいるの?」
それは単純な疑問。
正確には“一人”と“一匹”だけど、そのどちらも葉玖である事には違いない。
だって、呼んだら振り向いた。
「それは、私の分身です」
人間じゃないとは解っていたけど、それでも。
今になって彼の、人間を逸脱した姿をはっきりと確認した気がした。
なら、どうして彼は人間の姿でいるの?
意識的に手を伸ばす。
人間の彼じゃなく、獣の方へ。
ことさら化け物らしい、現実離れしたそれに向かって。
こっちの方が、断然…──
「ねぇ……、来て」
手を伸ばして、もどかしさに思わず一歩踏み出した。
本能が求めるものに、抑えが利かない。
逞しい大きな体躯に、黄金色の柔毛に……どうしようもなく触れてみたい。
初めて出逢ったあの日の感情が甦り──溢れ出す。
あの時は鉄の檻があったけど、今のあたし達の間に、隔たりは無い。
獣の姿の葉玖が、こちらに歩み寄ってくる。
更に腕を伸ばすと、やっと鼻先が指先に当たった。
それをそっと顎の下に滑らせて……首元の毛に掌を埋めた。
思わず感嘆の溜め息が零れる。
肌を包み込む柔らかな毛、じわりと伝わる微かな体温。
大きな黄玉に、あたしの姿が映りこんでる。
しばらくそれを見つめ返して…──眼を伏せた。
いつの間にか腰を下ろしていた身体に腕を伸ばして、その首にそっと抱きついた。
豊かな首毛に顔を埋め、目を閉じ、小さくほっと息をつく。
以前、葉玖に抱きしめられた時と同じ、花のような芳香がする。
でも、断然こっちの方がいい。
“人間”じゃない“獣”の姿の彼が。
「由羅様、私の……その姿、恐ろしくは無いのですか…?」
彼の声に、ほんの少しだけ顔を上げた。
戸惑うような、さっきとは違う、いつもの声音。
目だけを彼の方へ向けて、じっと見つめ返した。
「こっちの方がいい。人間の姿じゃない、こっちのあなたの方が……」
そうしてまた、あたしは柔らかな毛に顔を埋めた。
木々の合間を駆け抜ける風の音、遠くから聴こえてくる生徒達の声。
身体を預ける大きな体躯から感じる温度、呼吸、感触。
今のあたしの頭の中は、研ぎ澄ませた感覚が収集した情報だけ。
「……っ」
──…でも、壁へぶつけられた後頭部に、不意に痛みが走った。