貴方に愛を捧げましょう


「どうして……二人同時にいるの?」


それは単純な疑問。

正確には“一人”と“一匹”だけど、そのどちらも葉玖である事には違いない。

だって、呼んだら振り向いた。


「それは、私の分身です」

人間じゃないとは解っていたけど、それでも。

今になって彼の、人間を逸脱した姿をはっきりと確認した気がした。


なら、どうして彼は人間の姿でいるの?


意識的に手を伸ばす。

人間の彼じゃなく、獣の方へ。

ことさら化け物らしい、現実離れしたそれに向かって。

こっちの方が、断然…──


「ねぇ……、来て」


手を伸ばして、もどかしさに思わず一歩踏み出した。

本能が求めるものに、抑えが利かない。


逞しい大きな体躯に、黄金色の柔毛に……どうしようもなく触れてみたい。

初めて出逢ったあの日の感情が甦り──溢れ出す。

あの時は鉄の檻があったけど、今のあたし達の間に、隔たりは無い。


獣の姿の葉玖が、こちらに歩み寄ってくる。

更に腕を伸ばすと、やっと鼻先が指先に当たった。

それをそっと顎の下に滑らせて……首元の毛に掌を埋めた。


思わず感嘆の溜め息が零れる。

肌を包み込む柔らかな毛、じわりと伝わる微かな体温。


大きな黄玉に、あたしの姿が映りこんでる。

しばらくそれを見つめ返して…──眼を伏せた。

いつの間にか腰を下ろしていた身体に腕を伸ばして、その首にそっと抱きついた。


豊かな首毛に顔を埋め、目を閉じ、小さくほっと息をつく。

以前、葉玖に抱きしめられた時と同じ、花のような芳香がする。

でも、断然こっちの方がいい。

“人間”じゃない“獣”の姿の彼が。


「由羅様、私の……その姿、恐ろしくは無いのですか…?」


彼の声に、ほんの少しだけ顔を上げた。

戸惑うような、さっきとは違う、いつもの声音。

目だけを彼の方へ向けて、じっと見つめ返した。


「こっちの方がいい。人間の姿じゃない、こっちのあなたの方が……」


そうしてまた、あたしは柔らかな毛に顔を埋めた。

木々の合間を駆け抜ける風の音、遠くから聴こえてくる生徒達の声。

身体を預ける大きな体躯から感じる温度、呼吸、感触。

今のあたしの頭の中は、研ぎ澄ませた感覚が収集した情報だけ。


「……っ」


──…でも、壁へぶつけられた後頭部に、不意に痛みが走った。


< 36 / 201 >

この作品をシェア

pagetop