貴方に愛を捧げましょう
日中、半日以上眠っていたおかげで、夜中に眠れるはずもなく。
ベッドに腰掛け、壁に背を預けて窓の外を眺めていた。
庭で奏でられる虫達の軽やかな鳴き声を、ぼんやりと聞きながら。
「……ねぇ」
「はい、由羅様」
「あたしの前にも、あなたは誰かに仕えていたんでしょう?」
「ええ、その通りです」
「みんな、今のあたし達のような感じの関係だった?」
その質問には、先程までのように直ぐには答えが返ってこなかった。
それに気付いて不思議に思いながら、夜空から彼へと視線を移す。
ベッドの傍に、従者よろしく膝をついていた彼は。
静かに俯き、憂いを含んだ表情に暗い影を落としていた。
「──…いいえ」
口をつぐみ、瞼を伏せて長い睫毛で瞳を隠す。
まるで、何か言いたくない事でもあるかのように。
けれどそこで彼は顔を上げて遠慮がちに口を開いた。
「何故、そのような事を…?」
「……別に。なんとなく気になっただけ」
理由なんて無い。
本当に、ふと気になっただけの事、だったはずなのに。
突如として落とされた暗い影に、彼は警戒するように身構えている。
その様子に至った原因に、あたしの心はどうしようもなく惹かれていた。
「どんな関係だったの……最初は」
彼は再び口を閉じ、真っ直ぐにあたしを見上げた。
そこに浮かぶ表情を見ただけで、言いたくないだろう事が伝わってくる。
……でも。
「葉玖」
強い口調で名前を呼ぶと、長い睫毛が微かに揺れて。
こちらに腕を伸ばすと、あたしの手をそっと握り込んだ。
「貴女にお聞かせしたくはありません……」
「そんなこと聞いてない」
切なげに懇願する彼を、あたしは冷たくあしらった。
手を振り払いはしなかったけど。
どうして言いたくないんだろう。
ただ、昔の話を尋ねてるだけでしょう?
どんな事があったにせよ、過去は過去。
それは全て過ぎ去った時間。
あたしは、その過去が知りたい。
聞いたところで何も変わることはないし、起きはしないのだから。
その時は──…そう思っていた。