闇夜に笑まひの風花を
私に向けられる、柔らかい笑顔。

それは、ハルカさまに向けられるものとは、少し違っていた。

『玲香、アンジェは居るか?』

さっきと同じように、何の前触れもなく開かれた扉。
レイカはそれに動じることなく、訪問者を笑顔で迎える。

『いらっしゃいませ、遥さま。
アンジェさまもいらっしゃいますよ』

ハルカさまに向けるレイカの笑顔は少し寂しそう。
ナノの微笑によく似てる。

人は一体、どういうときにこの表情をするのだろう?

泣きすぎで頭がぼうっとする私のところに、ハルカさまがやっぱりここだったか、と呟きながら近づいてくる。
そして、目元と鼻先を赤く染める私の顔を見て、目尻に滲んでいた涙を拭ってくれた。

『那乃が急に城を出たって聞いたから、きっと泣いてると思ったんだ』

ハルカさまの手は温かかった。
その温もりに、気遣いに、また涙が溢れる。
そんな私を、背の変わらないハルカさまがレイカよりも小さな手で抱き締めてくれる。

『……うっ、あっ、わあぁ……』

その高級な衣を握り締めて、その温かさに心を委ねる。

幼い子供でも、妙に嫌な予感が胸を過った。
それが何を示すのかは予感が現実になるまでは知り得ないが、胸をざわつかせる不安が涙を誘う。

止まらない涙を、ハルカさまはずっと受け止めてくれていた。
泣き続ける私を、ハルカさまが抱き締め、レイカが見守っていてくれた。

それが嬉しくて、涙の理由が寂しくて、今ここに居てくれる温もりがお母様とお父様でないことが、哀しかった。

『うっく……ごめ、なさ……ハルカさま……』

ハルカさまのお傍で、ハルカさまを支えてあげなさい。
数少ない両親から貰った言葉。

支えてあげるのは、私の役目のはずなのに。

そのお役目を守れず、泣いていることを謝れば、ハルカさまは抱き締める腕に力を込めた。

『謝ることなんて、アンジェは何もしてないだろ。
独りで泣くなと教えてくれたのは、お前だ』

月の明るい夜。
隣の部屋で独り泣くハルカさまを、抱き締めた私。

わたしがいるよ、と。
わたしがずっとそばにいるよ、と囁いたのは、もう随分前。

お母様とお父様からのお役目も守れない私なのに、ハルカさまは優しい。
それがまた軋む胸に染みて、私の涙はますます止まらなくなる。

__けれど。
ハルカさまは決してレイカのような慰めの言葉を口にしなかった。

そして。
ナノが城に来ることは、二度となかった。
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