闇夜に笑まひの風花を
*****

はあ、はあ、と荒い息が廊下に響く。
よく知らない広い城の中を、杏はがむしゃらに走っていた。
ここは大広間の喧騒も遠く、城の使用人にさえ会わない。

静かな空間に、杏の息が響く。

「……っ!」

杏の耳に繰り返し響くのは、走り去る彼女の背中に投げられた高笑いの声。

気持ち悪い。

人を人間とも思わないで見下す女の声だ。
気にする必要なんてない。
忘れろ。
早く忘れてしまえ。

そう、思うのに、耳からは離れない。

あの女が那乃だった。
その事実が苦しい。

だって、友だったのに。

一緒に舞の練習をして、アクセサリーやドレスを貸してくれたり、私が嫌味を言われていたところを言い返してくれたり……、貴族の娘なのに驕らず、庶民の杏に接してくれて……。
那乃は、そういう子だったのに。

それが全て、嘘だったというの!?

優しさも、楽しかった記憶も、全てが嘘で、彼女はずっと私を憎んでいたと言うの!?

『目障りなのよっ』

吐き捨てられた言葉が痛い。

遥のときとは違う。
これは私が勝手に誤解したんじゃない。

本人の口から言われた言葉だ。

それがどうしようもなく辛い。

「__っ、那乃っ」

__祝福をしようと思っていたのだ。

もし那乃が裕王子を好きで、それが叶って婚約者になったと言うなら、祝福をしようと思っていたのだ。
たとえ私への報告が遅れていても、そんなことに拘らないでいようと、決めていたのに。

那乃は今までの態度を崩して、杏を見下した。
杏を蔑んだ。
所詮杏は那乃の欲望を叶えるための道具だと、明言して。

目の前が、真っ暗になる。

一番の親友だと思っていた者の裏切り。

否、親友だと思っていたのは、杏だけだったらしい。
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