闇夜に笑まひの風花を
「ひゃあっ!?」

驚きに見開かれた視界が回る。
背中に柔らかい衝撃を受け、杏は長椅子に押し倒されたことを理解する。
天井を見上げる視界の大半を、王子が埋めていた。

「王子!? 何をなさいますっ!!」

杏は思わず声を上げた。
状況が読めなくて、ひどく混乱する。
慌てて抜け出そうとすれば、肩を押さえ込まれてしまった。
骨張った男の手が、剥き出しの肩に触れる。

途端に溢れるのは、恐怖だ。

「離してくださいっ!いや!!」

相手が王子であることも忘れ、動く範囲で腕を突っ張り、押し退け、逃れようと暴れる。

「チッ!」

腹立たしげな舌打ちが聞こえ、王子の片手が懐から護身用の小刀を取り出す。
そして、杏の首元に突きつけた。

「動くな」

低くて冷たい声。
杏は目に涙を浮かべて唾を飲み込んだ。

見下ろす彼の瞳の色。
杏はそれを見つけてしまって、ぞくりとする。

それは、紛れもない憎悪の色。

どうして、王子は……。

分からなかった。
何故、初対面の人にこんな目を向けられなければならないのか。

王子の指が項を探る。
そして、小さな衣擦れの音でリボンが解かれたことを知り、そのまま胸元まで衣を引き下げられた。

首元に当てられた刃が杏の自由と声を奪う。
身体が震えた。
彼女はただ、息を呑む。

そして、王子はそこに目的のものを見つけて、唇を歪めた。

「やはりか」

彼の口元に浮かぶのは歪んだ微笑。
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