私は猫
それから間もなく店じまいをして、京をその辺で待たせている私は急いで支度をした。
「ヒナ、忘れ物」
「あっすみません」
陸さんは少し怪しむ顔をしたけれど、私はフロアの掃除を済ませ、お店をあとにした。
なぜだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
***
表通りの大きな通りに出ると、京が後ろからスッと腕を私の首に絡めてきた。
この感覚、何も変わってない。
「ちょっと…もう、離れて」
「ね、早く行こ」
化粧や衣装は着ていないにしろ、お店の人やお客様にバレたら一大事だった。
「いいけど…先輩が2階に住んでるの。誰かいるってなったら…」
「ばれるようなことしたいの」
「しないよっ」
京介はムキになっている私を楽しんでいるようだった。
「じゃあ、行こ。話してくれるんでしょ」
私は通り過ぎていく車の流れをぼんやりと見ながら考えていた。
そういえばここの交差点で南さん寝ちゃったんだっけ。
「ねぇ、なんで無視すんの」
「あぁごめん。そうだよね、行こう」
私はやんわりと京介の腕を外し、自分の家に向かった。
ただし、いつもより遠回りして。
お店の前を通るのは億劫だった。
***
「へぇ、こんなとこ住んでるんだ」
あれから私達は誰にも会うことなく、私の家に着いた。
「日向らしいね。あ、これ借りるよ」
「うん」
京介はラックにかけてあったハンガーを手に取り、着ていたスーツの上着をかけた。
「飲み物、コーヒーでいいかな」
「なに、寝ないつもり」
「これしかなくて。お茶がいいなら麦茶しかないよ」
「コーヒー入れてよ」
「うん」
私はそう言って台所に向かうと京は少し笑ってソファーに腰を下ろした。