桜ものがたり
 朝食を終えると、旦那さまは、即刻、光祐さまを書斎に呼んだ。

「光祐、私に何か言いたい事があるのならば、はっきりと口に出して言いなさい。

 三年ぶりに家族が揃ったというのに昨日からずっとそのしかめ面だ。

 母上は、実家に帰ってしまうし、奉公人達の様子もおかしい。

 祐里のめでたい縁談の何処が気に入らないのだ。

 祐里まで、皆に縁談を反対されて沈んでいるではないか」

 旦那さまは、腹を立てながらも、先ずは光祐さまの意見を聞くことにした。

「父上さまは、十五にしかならない祐里の縁談をどんどん進められて、

あまりにも強引です。

 祐里が沈んでいるのは、嫁に行きたくないからです。

 父上さまの仰せに祐里が逆らえるとお思いですか。

 結婚はとても大切なことですよ。

 祐里の気持ちを考えておられるのですか」

 光祐さまは、真っ直ぐに旦那さまを見つめて熱心に訴えた。

 光祐さまも、奥さま同様、厳格な旦那さまに意見するのは、初めてのことだった。

「祐里は、現在(いま)は十五でもこの春で十六になり、嫁に行ける歳になる。

 突然のことで驚いているだけで、榛様を気に入ったようで、全て私に

任せると申しておる。

 祐里が望み、榛様から是非にと請われて行くのだから願ってもない縁談では

ないかね。

 光祐は、桜河家の後継ぎで祐里の兄なのだぞ。可愛い祐里を手放すのは

淋しいけれど、可愛い妹のしあわせな結婚を喜んでやるべきではないのか」

 旦那さまは、まだまだ子どもだと思っていた光祐さまの意見を聞いて

成長を感じつつも、お屋敷の当主としての威厳を保持した。

 そして、光祐さまは、兄であり、祐里は、妹である立場を強調した。

「祐里のしあわせは、ぼくも望んでいます。

 でも、祐里は、未だ十五ですし、進学も決まっているのですから、結婚話は

女学校を卒業してからでも遅くはないでしょう。

 それに榛家は良家でしょうが、文彌さんはしっかりとした人物なのですか。

 昨日の文彌さんの態度を拝見したところ、祐里を大切にして、

本当にしあわせにしてくれるとは決して思えません」

光祐さまは、祐里を守り通さねばと心に決め、真剣に粘り強く旦那さまに訴えた。
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