桜ものがたり
東野家の一人娘である従妹の萌は、祐里と同い歳で、祐里が進学する女学校に

小学部から通学している。

 萌は、西洋人形のように絢爛豪華で、欲するものは何でも与えられ、

蝶よ花よと大切に育てられていた。

「光祐お兄さま、お久しゅうございます。お帰りを待ち侘びてございました。

 お会いできて嬉しゅうございます」

 薔薇園で庭師が摘んできた薔薇を花瓶に活けていた萌は、久しぶりに会う

光祐さまに瞳を輝かせた。

 物心着いたときから、光輝く光祐さまに会う度に萌の恋心は花開いていた。

「こんにちは、萌。綺麗になったね。

 春からは、祐里も同じ女学校に通うから、仲良くしておくれ」

 光祐さまは、笑顔で話しかけ、萌は、光祐さまを見上げて、薔薇の花が

霞んで見えるほどの麗しい笑みを返した。

 萌は、どの角度から見上げると自身をより美しく見せられるかを自然に

身に付けていた。

「こんにちは、萌さま。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 萌さまとご一緒できまして嬉しゅうございます」

 祐里は、光祐さまの後ろで丁寧にお辞儀をした。

 祐里の声とともに萌の笑顔が一瞬陰る。

 萌は、子どもの時から祐里が苦手だった。

 祐里は、いつも光祐さまの横にいて、しあわせそうに微笑んでいる。

 庶民の生まれで孤児(みなしご)なのに華やぎがあり、自然に周囲の関心を

集めていた。

 子どもの頃から祐里にだけ分かる嫌がらせをしても、少し困った顔を

 するだけで何事もなかったかのように優しく接する祐里に、居心地の悪さを

感じた。

 そして、何よりも唯一の従兄である大好きな光祐さまが、祐里に向ける

優しいまなざしに嫉妬を覚えていた。

 萌は、祐里に縁談の話が持ち上がったことで

(早く嫁いでいなくなればいいのに)

と強く念じていた。
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