春待つ花のように
 今、彼のシャツを掴んでいる手を離してはいけない。離したら会えなくなる。

 そう彼女の頭はわかっている。でもカインの顔を見つめていると、どんどん手の力が緩んでいく。

 ゆっくりと彼のシャツは、彼女の手から落ちていく。掴まなくては…そう自分に言い聞かせても手には力が入らない。視界は涙でぼやけていく。

 時間にして、数秒のことだった。ローラにはスローモーションで時が流れていく。

 彼女の手が離れると、カインは背を向けて扉を開けて店を静かに出て行った。















「何か言っていなかったか?」

 ノアルはローラに質問をする。店が閉店し、片づけが終わるとノアルから部屋に誘われた。

 彼のベッドに並んで座るなり、ノアルは彼女の手を握ってきた。ローラは下を向くと、彼の手から自分の手を離した。

「何かって?」

「カインのことだ。あいつの考えていることがわからない」

 横目でノアルの姿を見ると、ローラは瞳を閉じた。

 あんなに好きだと思っていた彼なのに、『憧れ』だとわかるとこんなにもノアルのことが小さな人間に見えてしまうものなのだろうか。

 何でも知っていて、心の広い人。出来ないことも、出来るように努力をして乗り越えてしまう。そんな彼は自分に大きな存在に思えた。
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