春待つ花のように
「お騒がせして申し訳ありません」

 しばらくするとゼクスが階段を下りながら、ノアルに話かけてきた。ノアルは首を横に振ると、女性が入っていった2階の部屋を見つめた。

「さきほどの女性のことはお忘れください」

「はあ…」

 ゼクスは丁寧に頭を下げる。女性のことを外部に知られては困るのだろうか。婚約者ではないのだろうか。

 気になるところだが、身分の低い自分が突っ込んで聞ける雰囲気でもなかった。

「では、庭の手入れをしたら私は帰ります」

 ノアルは笑顔でそう言うと玄関のほうへ歩き出した。

「お待ちください。お礼がまだ…」

 ゼクスが慌ててノアルを呼び止めた。ノアルは片手を軽く振ると微笑んだ。

「結構です。馬車を返しにきただけですから」








 こぼれてしまいそうな大きな瞳に、柔らかそうな髪。

 目が合ったとき、いけないものを見たような表情をしていた。レイの別荘に、彼が囲っている女性がいてもおかしくない。

 堂々としていればいいのに、なぜゼクスも彼女も慌てたのだろうか。不思議な光景だった。彼女を隠すような行動。彼女に何かあるのだろうか。

 ノアルは自室の窓を開けると、星空を眺めた。きらきらと輝く星は、今日出会った彼女の瞳のように感じる。
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