春待つ花のように
 あの時は一番自分が傷ついていて、全てを無くしてしまったと思い込んでいた。

『今回のこと、誰も恨んではいけません。誰が悪い…なんてないのです。これで世の中の動きが良くなった。国民の人々が平和になるのなら、それでいいじゃありませんか』

 笑顔で話すテーラ。

 あの顔を今でも忘れない。愛している人を目の前で亡くしていながらも、強く気丈に振舞う母親。

 そんな母親を裏切ってはいけない、そう思って一人で生きていこうと思った。

 過去を切り離し、一から生きていこうと。

「ノアル様は私たちの希望の方。この世の中の状況を変えられるのは、ノアル様だけだと信じています」

 グッと握っている手に力を入れるカイン。

 ノアルは手首にその痛みが伝わり、思わず顔をゆがめてしまった。
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