雪人
 ソクラサを転移魔法でジハードの組織に送ったあと、シュレリアを精霊境界に戻したルイとクーパはレミィ=ミュウル=シィーダリスの部屋に来ていた。アンティークの家具にベッドの天から四方に白く薄いレースが伸びている。
 普段お目にかかれない部屋を目に焼き付けようとしているのか、クーパがキョロキョロと忙しなく瞳を動かしていた。
 ルイはベッドに腰掛けている王女に歩み寄った。
 感情を宿さない虚ろな瞳がルイを捉えるがそれも一瞬のことで、直ぐに宙へと視線を彷徨わせた。 そんな王女をルイは近くで観察してみた。
 ピンクのネグリジェから覗く手足は病人のような肌白さにほっそりとしていて、お世辞にも健康的とはいえなかった。今の彼女は王女という耐えきれない重圧に加えて、有力な側近達に傀儡のように扱われ続けた結果、自らの心に扉をかけて閉ざすことによって、なんとか生きているのだろう。
 そう思うと、ルイは憤りを感じた。自分と少ししか離れていない王女の身分を剥いだ彼女は、年相応の恋に遊びにやりたいことがたくさんあるはずが、それすらも出来なくさせる身分というものにほとほと嫌気がさした。
 不意に先刻、ソクラサの言った言葉が頭を過った。
 ――偽りの平和。
 確かにそうかもしれない。偽りではなく、真実の平和が訪れていれば、人は、国は権力を欲しようとしないのではないか。淡い考えなのかもしれないけど、そうあってほしいとルイは思っていた。
 目の前の少女は人形のように全く動かない。
 その様子にルイはポケットから一枚の写真を取り出した。それはルイがグライドアースに潜入した際の部屋で偶然見つけた写真だった。少し色褪せてはいるけれど、写っている姿は幸せそうに微笑んでいる家族の写真。
 両親の間に挟まり、手を繋いでいる幼い少女に、それを微笑ましく見ている両親。
 そこには幸せが溢れていた。
 しかし、その写っている幼い少女の面影は今の彼女にはない。
 ルイが写真と目の前の彼女を見比べていると、クーパの声が背後からかかった。
「なあ、契約いつしてくれるんだ?」
「……後でするから少しついてこい」
 そう言ってルイはレミィ=ミュウル=シィーダリスを抱き上げた。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。
 そして直ぐに踵を返すと部屋から出ていった。
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