【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】


おばさまの部屋へ向かう途中、
多久馬医院の待合室を覗くと、
そこには、沢山の患者さんが雑談をしながら
診察の時間を待っていた。


おじさまが他界されて、
もうすぐ一年が過ぎようとしてる。


おじさまの病院を守っているのは、
勇生君のお父さん。



そして待合室の一角に飾られているのは
多久馬総合病院の完成図を示した
小さな模型。



この地域に初めて出来る、
総合病院。



おじさまの夢の形。




そんな模型図を見つめながら、
チクリと痛むのは私の心。



恭也の婚約者が現れて、
もうすぐ一年。



おじさまが倒れることがなければ
今とは違う未来が
広がっていたかもしれない。



そう思わずにはいられないから。



だけど今も……私は、
彼への愛しさを抱きしめながら
この家の門を潜る。




彼への愛しさが、
恭也の家族を大切にする形で
彼を縛ろうと……
彼を縛っていたいと
私にそうさせていく。





そんなぐちゃぐちゃな醜い心を
隠してる私に、
恭也のお母さんは……
おばさまはとても優しい。





「こんにちは、遅くなりました」



ノックして声をかけると、
すでに外出の支度を済ませた
おばさまが杖をついて
ゆっくりと近づいてくる。



「神楽さん……。

 突然、ごめん……なさいね」



脳に血栓が出来て手術をした時から
右半身に麻痺が出てしまったおばさま。


ぎこちない話し方も、
その時の血栓が原因だった。


家の中では、
杖をついて移動しているおばさまも
遠出の時は、
車椅子を持って出かける。




「大丈夫ですよ。
 今日は休みだったんで。

 恭也くんは?」

「あの子は……仕事。
 女……同士で、
 出かける……のもいい……よね」


ゆっくりと考えながら、
絞り出すように伝えられるおばさまの声。

< 120 / 317 >

この作品をシェア

pagetop