【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



「えぇ。
 そうですね、さっ出掛けましょう」


そう言って、おばさまの背中に手を添えながら
玄関から文香の車へと誘導する。

おばさまを助手席に座らせて、
玄関先に片づけられてある車椅子を抱えて
後ろに積むと運転席側へと回った。


エンジンをかけて車を走らせ始めると
車内のスピーカーから流れるのは、
フジ子・ヘミングのピアノの音色。



そんなピアノの音色に身を委ねるように
おばさまは、楽しそうに笑みを浮かべた。




その日はおばさまと一緒に、
おばさまの洋服や日用品を買い求める。

おばさまが望む場所へと、
車椅子を押して、ショッピングを重ねると
その一角にある真っ白なドレスが視界に入る。



中に入る勇気はない。



だけど……遠くから覗き見る
ウェディングドレスはとても綺麗だった。



思わず立ち止まってしまった私を
おばさまが見ていたことも
気が付かないほどに。





ようやく私が現実に戻ってこれたのは、
この店内で買い物をしていた他のお客さんの肩と
私の肩がぶつかった時。




「すいません」



反射的に謝罪して、
私はそのドレスに再び視線を向けることなく
歩き出した。



その帰り道、
車の中でおばさまは静かに告げる。




「ごめんなさいね。
 あの人が死んで、私がこんな体になって。

 ずっと見てただろ。
 ウェディングドレス。

 恭也は何してるんだろうね。
 神楽さんにそんな顔をさせて。

 あのバカ息子は……。

 神楽さん、あのバカ息子を宜しくね。
 決して見捨てないでやってね。

 愚かな母のただ一つの支えだから」




途切れ途切れに噛みしめるように
絞り出される言葉はとても重くて。


それでもその重い言葉が
私を恭也の傍に居てもいいのだと
自信をくれる。



おばさんが恭也のお嫁さんにと
望んでくれているのは、
祐天寺昭乃ではなく、
私なのだとそんな安心感が
今の私と恭也の関係を続ける
ある意味大義名分みたいになってる。



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