【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】






満開の星空が、
広がっていくように
煌びやかな夜が広がっていく。







気が付いたら、
彼女と一緒に10分くらい連弾していた。





「どうかしら?
 ピアノは楽しい?」




演奏を終えて、
俺にそう問いかけた彼女に、
俺は装うことなく首を縦に振った。





こんなにピアノが楽しいなんて
思いもしなかった。






「リクエストある?」







腕時計を見ながら、
彼女が呟いた。





何?


俺の為に、
演奏してくれるってこと?






けどクラシックなんて知らないぞ。






グルグルと思考を巡らせて辿りついたのは、
母親が良く流している、
フジコ・ヘミングのCD。









「リスト。
 愛の夢第3番」






唯一、曲名を
覚えた曲とも言うんだけどな。







メロディーが
心にすーっと入り込んできたから、
覚えてた。







リクエストをすると、
彼女はすぐに鍵盤に向かって、
指を走らせた。





体全体をつかって、
ゆっくりと指先を躍らせるように
動かしていく。








甘い音色が、
防音室の中に広がっていく。









目を閉じると……
思わず、ここがレッスン室だってことを
忘れそうになるほど……
艶やかで甘い時間だった。








演奏を終えた彼女は、
ゆっくりと顔をあげて、
俺に笑いかけた。









あっという間に……30分だった。







その後は、
彼女は次の生徒さんの元へ。



俺は川瀬と言う人に促されるままに
入会手続きと、
次回のレッスン予約を取り付けた。







彼女の余韻が残る俺は、
そのまま帰ることも出来ず、
次のサロンの時間まで、
目の前の喫茶店に座って
お茶をして過ごす。






そして……
その日のラスト演奏を
堪能してから、
地下鉄の駅へと向かった。






焦らず、
ゆっくりと始めればいいんだ。






彼女は……
手を伸ばしたら届くところに
いるんだから。



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