【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



恋に年齢差は
関係ないなんて言う人もいるけど……
やっぱり……そんなに割り切れないよ。




彼にとっては、
私なんて……おばさんだよ……。



だって彼は今年、
高校を卒業したばかりなんだから。





モヤモヤとしたまま、
湯船の中に、
ぶくぶくと顔を沈めていく。






あぁ、もう……
すっきりしない。






勢いをつけて、一気に湯船の中で立ち上がると
バスタオルに身を包んで
自分の部屋へと戻る。




祖母が住んでいた、
2階建ての6LDK。



そんな広い家に、今は私一人だけ。




自分の部屋で着替えを済ませて
髪を乾かすと、
リビングに隣接する形で
作られた防音室の中へと入っていく。





鍵をガチャリとしめて、
電気をつける。





そこに姿を見せるのは、
生まれた時に、両親から送られた
その年に注文して、3歳の時に完成した私の相棒。


通称、スタインウェイ。

正式名、Steinway & Sonsの
グランドピアノ。




ピアニストにすることが夢だった
両親からの最初で最後の贈り物。








真っ黒の艶々しいボディーを見つめながら、
ゆっくりと鍵盤の蓋をあける。


前屋根を後ろに倒して、
大屋根を持ち上げ、
突上棒で支える。






そしてゆっくりと、ピアノの椅子に腰かけると
指ならしに一通りの基礎練習を終えて、
彼が好きだと言った曲を奏でる。






愛の夢は、
第3番は歌曲。


ドイツの詩人フェルディナント・フライリヒラートの詩が
用いられた名曲。




汝に心開く者あらば
愛のために尽くせ
どんな時も彼の者を喜ばせよ
どんな時も悲しませてはならない




ロマンチックで
甘美なメロディーが
優しく広がっていく。





彼のリクエストがなければ、
もう二度と弾くことがないとさえ
思っていた想い出の曲。


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