【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】




真人のお父さんは、
仕事に忙しい人。



そうやってずっと話し続けた。



真人には、お父さんにはね
別の家族がいるのよ……なんて
伝えられないもの。





残酷なリスクがあるかも知れない。



そんなことにすら気が付かないで、
恭也君に助けを求めて、
言われるままに、
こんなところまでやって来て。




何やってるんだろう。





私は……真人のお母さんなの。


真人を
一人で育てるって決めた。



だからこそ……
女として過ごすなんて
もう必要ないのに。




真人のベッドサイドに腰掛けて、
その隣に寄り添うように
愛しい宝物に触れる。





真人……
アナタが元気に居てくれることが
ママの一番の幸せよ




自分に言い聞かせるように、
何度も声を出して呟き続ける。


何度も何度も、
触れながら……
私は自分の心を
ゆっくりと安定させていった。





「神楽ちゃん、起きて」




肩を軽く揺すられて
ゆっくりと体を起こすと
そこには、勇生君が居た。



「休んでるのにごめんね。

 真人君、検査の時間になったから
 連れて行くよ。

 美雪、神楽ちゃんについてて。

 じゃっ、浦和さん
 移動頼めるかな?」




勇生君は手早く指示を出すと、
そのまま浦和さんと一緒に
真人を私の前から連れて出てしまった。


真人が自分の前から居なくなるだけで不安で、
その後ろをついて行こうとする私の手を
美雪さんが掴み取る。




「真人君の事は、
 勇生と恭也君に任せてたらいいわよ。

 神楽さんは、真人君のお母さんよね」



年下の美雪さんは、
子育て経験では大先輩。


私は美雪さんに
ゆっくりと頷いた。




真人が川崎病だと言われてから、
ずっと自分に余裕がなかった。




「大丈夫。
 お義父さんから聞いてるの。
 恭也君のお父さんも、川崎病を持ってて
 それが原因で発作を起こしたって。

 神楽さんもそれを近くで見てたから
 不安になるんだと思う。

 でも川崎病を発症しても
 元気に大人になる子供たちも沢山いるのよ。

 私、ここで小児科を担当してるの。
 何人も川崎病の子供たち診て来たし、
 発症の後、検査を続けて
 寛解ってちゃんと伝えた子供たちもいる。

 真人君の場合は、こんな形になってしまってるけど
 でもそれは……神様が、真人君を通して
 もう一度、恭也君に向き合えって
 言ってるんじゃないかしら?

 真人君を一人で抱えて、
 神楽さんも不安だったと思うし
 大変だったと思う。

 だけど……恭也君も見てられなかったのよ」




恭也君も見てられなかったのよ。




そうやって静かに告げられた美雪さんの言葉は
今の私にとって、
何よりも重くずっしりと心に残った。

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