【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



そう……最後の砦が、
患者とその家族を前にして
不安な表情を見せるものじゃないから。





「オペがつまってるから、
 オペ室を抑えられたのは3日後。

 俺と勇生に任せてくれたらいい。
 神楽さんは何も心配しなくていいから」



そのまま、神楽さんが少し落ち着くのを待って
手術の同意書にサインを貰う。




準備は整った。



「病室に戻って、
 真人君には説明しないと。

 大丈夫だから。

 神楽さんが暗い顔してたら、
 真人君も不安なる。
 
 心の整理がつかないなら、
 今日はマンションに帰ってもいい」


そう言った言葉に、
彼女は黙って首を横に振って
俺の後を病室まで歩いてくる。


病室のドアの前、
深呼吸した彼女は
すぐに母親の顔になって、
真人君に優しい眼差しを向けながら
子供の元へと近づいていく。



「あっ、ママ。
 先生も、大事なお話おわったの?

 見てみて。
 お兄ちゃんに教えてもらったら
 全部、○ついたよ」



そう言って、勉強していた問題集を
嬉しそうに見せようとする真人君。




この笑顔を奪えるはずがないんだ。




改めて、握り拳に力を込めて
ゆっくりと真人君の元に近づいていく。



「凄いな。
 またご褒美に玩具探して来ような。

 それより今日は先生、
 真人君に大事なお話があって来たんだ」



そう言って、真っ白の紙に
ペンで心臓の簡単な図を描く。


「これはね、真人君のこの中にある
 心臓って呼ばれるところを絵にしたんだ。

 真人君の胸が苦しくなるのは、
 この場所が原因なんだよ。

 だから俺と勇生先生は、
 真人君のこの場所を治したい。

 だけどそれには、手術をしないといけない。

 先生たちも頑張るから、
 真人君も頑張れるか?」
 

必死に耳を傾けて
自分の現状を受け止めようとする小さな体。


「ねぇ、先生ゆびきりして。

 ぼくが元気になったら、
 一つだけわがまま言っていい?

 一日だけでいいの。
 ぼくのお父さんになって。

 ゆうえんち行きたい」



そうやって真っ直ぐに
自分の想いを告げる真人の言葉に
思わず、隣で居る神楽さんを見る。



「真人、先生も忙しいの。
 そんな我儘言っちゃ……」


そう言う神楽さんの言葉を制して、
俺は小さな小指に、自分の小指を絡ませる。


「いいの?
 先生、ゆびきりのうた歌っちゃうよ。

 歌ったら、はり千本なんだよ」


そんな風に言いながら、
真人君は嬉しそうに、
指切りの歌を歌った。
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