【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



「ふふっ。
 ほら、パパがママ泣かしたよ。

 ぼく、少し立ってるから
 パパはママをギュッとしてあげて。

 ママ、チケットぼくに持たせて」


そう言って真人は、恭也君の腕から降りると
私の手から遊園地のチケットを掴んで、
ジーっと一人、パンフレットと睨めっこ。

そんな真人の隣、
ただ私を黙って抱き寄せる恭也君。


「……いいよね……。

 今だけは……
 今だけは、誰にも邪魔されない。
 俺は、神楽と真人だけのモノだよ」



囁くように紡がれた恭也君の言葉に、
私は恭也君に寄りかかるように、
胸に顔を埋めて、小さく頷いた。



「さっ、ママ。
 何処に行きたい?

 ぼく、ジェットコースター乗りたい。
 でも……ダメだよね」


恭也君と向き合いながら、
告げる真人。


心臓に負担がかかるから、
ずっと我慢して来たジェットコースター。


乗りたかったのはわかるけど、
やっぱり……まだ早いよ。



「真人、まだ体力が完全に回復してないから
 様子を見ながらな。

 今は動物園で楽しんで、疲れてるだろ」


恭也君はそう言うと、
真人の持っていたチケットとパンフレットを手にして
遊園地内のアトラクションを見つめる。


「ほらっ、先にパレードがあるみたいだ。
 パレードを見ながら、体力が回復してたら
 こっちの風神は難しいだろうが、こっちの短い方なら
 一緒に乗る約束が守れるなら構わない。
 ただし、真人の体力を見極めてだけどな」


そう言って恭也君が告げると真人は、
自分から手を伸ばして、
恭也君に抱っこをせがむ。

せがまれるままに抱きあげる恭也君。


だけど真人は小学生。
ずっと抱き続ける恭也君も、大変だよね。


そんな風に感じながら、
恭也君をチラチラと見つめるものの、
彼はそんな表情をチラリとも見せずに
父親で居られなかった時間を埋めるように
その時間を楽しんでいるように思えた。


パレード、ショー。

そして……体力に負担がかからない、
アトラクション。


恭也君の存在が居ないと、
私一人だと、真人を決して
アトラクションに乗せるなんて出来なかった。


舟旅とかのアトラクションなら
乗せることが出来たかもしれないけど、
真人が乗りたいとせがむものは、
どれも『心臓の弱い方、体調の悪い方はご遠慮ください』と
注意書きされているものが多いから。

そんなアトラクションを見極めながら
真人の体力を考えて、
休ませながらアトラクション選びをしてくれる。


そして幼稚園から低学年向けくらいの緩やかなショートコースの
ジェットコースターだけど、
真人にとっての初コースターデビューも無事に終わった。


遊園地内のレストランで食べる
晩御飯。


はしゃぎつかれて、花火を待つ間に
恭也君に抱かれたまま、ウトウトと眠り始める真人。


そんな真人を愛しそうに
見つめる彼の視線。



もうすぐ……
夢の時間が終わってしまうのだと
思いながら、最後の花火を肩を並べて待ち続ける。



花火が始まると、
真人は再び、その目を開けて
嬉しそうに見つめる。



真人の笑顔と、彼の笑顔。
そして二人を想い、微笑む私の笑顔。




穏やかな、
ぬくもりの中で
私たち、三人は限られた家族の時間を
過ごし続けていた。





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