【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



「勇生、美雪さんと
 冬生と一緒に出掛けて来いよ」


そう言って三人分の旅行チケットを
院長室に入って来たタイミングで勇生に手渡す。



「恭也?」

「真人も手術から1年が過ぎた。
 今も神楽さんからメールで写真だけは届くんだ。

 お前の言うとおりだった。
 子供が成長するのって早いな。

 アイツが運動会で、走ってた写真が届いたよ。
 
 その隣で、彼女が笑ってた。
 お前が居たから、俺は彼女と息子の笑顔を守れてる。

 今だからこそ気が付けた、
 精一杯の気持ちなんだ。

 こっちは何も考えなくていい。
 勇生や美雪さんみたいな想いをするスタッフが減るように
 今後の病院の体制を考えていくつもりだ。
 
 理想論を問い続けても現実問題、予算がないと伴わない。
 その為には神島に手を借りて、
 議員連中の大物の人間ドッグとか積極的に受け入れて行こうと検討してる。

 1日だけでも、あの日親に慣れたから
 だから気が付けた。

 三人で行って来い。
 初めての家族旅行に」



そう言うと勇生は、嬉しそうに笑いかけて
俺の手からチケットを受け取った後、
こうも続けた。



「こいつに行くには、美雪や俺の予定。
 冬生のバイトの休みの日とか調整しないとな。

 せいぜい必死に働いて、
 温泉にでも浸かりながら、
 羽伸ばしてくるさ」


親友の背中を見送った後、
引き出しの片づけてある
一年前の家族旅行の写真を見つめる。



遅いってことは……ないって
思ってもいいだろうか。


俺があの一日が
幸せすぎたように
アイツにとっても
本当の家族になれる一日になるだろうか。


そんなことを考えながら
仕事を続けた。



勇生はその後も仕事を次々とこなし、
旅行前夜まで、仕事をしていた。

まだ仕事が片付いていないと
夜になっても続けようとする親友から
仕事を奪い取るものの
入院患者の急変で、
緊急オペに入れる執刀医が足りなくて
そのまま俺が知らない間にアイツは勤務を続けていた。

俺が一足先に戻った院長室。
その後に、オペが終わって姿を見せたアイツは
酷く疲れているように見えた。


「ブラック貰えるか」


そう言った勇生の目の前に置くコーヒーカップ。



「恭也、301の伊谷さん頼んだな。
 
 これ飲んだら、出かけて来るよ。
 せっかくお前がくれた旅行だしな」


勇生はそう言って一気に飲み干すと、
そのまま院長室を後にした。


アイツを追いかけるように、
病院の関係者出口から勇生を見送る。



病院の前には、
アイツの息子がハンドルを握った車。


アイツの愛車には、
不似合いな初心者マーク。


助手席には美雪さん。


「今日は旅行有難うございます。
 
 父さん、昨日も仕事で疲れてそうだから
 後ろで寝かせたまま連れて行きます」


そう言うと大きくなったと冬生は、
勇生が乗りやすいように後部座席のドアを開けると、
乗り込んだのを確認して、
用意されたクッションとブランケットを手渡す。


「なんだったら、アイマスクと耳栓もいる?
 じゃないと眠れないだろ」

そう言う冬生の仕草に、
戸惑うように、言いなりになる勇生。


デカくなったら、アイツも
こんな風になるんだろうか。


目の前の冬生を見ながら
数年後に成長する我が子の姿を想像する。

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