【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】


「彼女はあの場所から見える
 この町の海が大好きだったと
 以前、お話くださいました。

 恭也様には内緒でしたが、
 彼女は私が代表を務める会社の大切な仲間でしたから。
 
 彼女の事は責任もって、
 私にお任せください。

 恭也様は貴方にしか出来ないことをと
 どうぞ成し得てくださいませ。

 神楽さんから託された、
 大切な宝物を守るために」


抱き続けていた彼女を、
ようやく冷たい床の上に寝かせて
俺は雄矢の手を借りて
その場から立ち上がる。



「恋華ちゃん、
 神楽さんを少しの間頼む」



そのまま雄矢と共に、
真人が眠る病室へと駆け戻る。





雄矢はそのまま、
処置室の方へと伊舎堂さんに呼ばれて
消えていく。



閉ざされていたドアを明けると、
すでに神楽さんが眠っていたそのベッドには
新しい患者さんが寝かされていた。




「真人」



真人が眠るその場所へと向かう。




「あれ?
 多久馬先生?」


真人が告げた途端に、
決壊してしまう俺の涙。


「どうして?
 先生、母さんを探しに来たの?」


そう続けられる言葉に、
真人をギュッと抱きしめる。



「先生?
 母さんは?

 母さん、僕が最初に本棚に下敷きになって
 それで……」



記憶を辿るように、
話し始める真人の状態は
あっと言う間にフラッシュバックから
過呼吸を併発して不安定になって行く。



「真人、話さなくていい。
 思い出さなくていいから。

 お父さんと一緒に行こう。

 お母さんとお父さんが出逢った街へ」


勢いに任せて告げてしまった
カミングアウト。



過呼吸が今もおさまらないまま、
真人の口元は、
声にならない声で「先生がお父さん」っと紡いで
そのまま意識を手放した。



精神的に、
ショックなことが重なり続けたんだ。


今はすぐに受け入れられなくても、
時間が解決してくれる。



これから、我が子を……
神楽さんの宝物を守るのは、
俺の役割だから……。
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