【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】








……どうして……。






どうして、平和に暮らしている
私のテリトリーに
あなたたちが入ってくるのよ。









もう……帰りたいよ……。





かといって、当日に出社して
すぐに帰るなんて
無責任なことが出来るはずもなく
サイン会に来た、あの二人には
逢わないことを
祈りながら店内で仕事をしていた。







だけど運命の時間は
私の希望通りに動いてくれない。






藤本結愛と冴香が店内に姿を見せたとき、
私は……
文香とのサロンコンサートの当番。






最後の合奏が終わってお辞儀をしたのと、
母と妹が入ってきたのは同時。




ワイドショーの話題をさらっている二人の登場で、
野次馬を含めて、
サイン会の来客たちも含めて店内は人で溢れかえった。





そんな中、妹を引き連れて
私のほうに近づいてきた母親は、
蔑むような眼差しで告げた。





「あら、貴女まだピアノしていたの?」





その一言にざわついていたフロアは
シーンと静まり返り、
講師仲間の同僚たちの視線が私のほうに集中する。




その視線は……
今の私には、全てからピアノを続けている現状を
責められているようにも感じられて、
何も答えられず俯くしかなかった。







母にも妹にも視線を合わすことなんて出来ない。




かと言ってこの場所から
逃げ出すことも、動くことも出来ないほど
体が冷たくなって硬直してしまっていた。





徐々に凍り付いていく体は、
やがて息苦しさを伴い始める……。






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