奥さんに、片想い



 もうもうもう。毎日毎日、最後に佐川課長と一日を労うひとときを励みにして頑張っているというのに。
 その大事な時間を邪魔された気分。

 そっちはこれからプライベートで存分に佐川課長と親睦を深められるんだから、他部署の男はこのコンサル室に入ってくるな。とさえ、思ってしまう。

 だが千夏の気持ちを乱したのは、なにもこの元気な年下男だけじゃない。河野君が現れた途端、なにやら意味深な笑みを浮かべている課長。

「お疲れ、河野君。あ、そうだ。僕、営業にこの書類を持って行かなくちゃけいないんだ。ちょっと待っていて」

 なんてわかりやすいことをっ。

 あんまりにもべたな行動を取る佐川課長を千夏は睨んでしまいそうだった。

 だけれど、それすらも『ベタで結構』とばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべ、佐川課長が素早くコンサル室を出て行ってしまった。

 ――ついに、河野君と二人きりにされる千夏。

「やだな。佐川課長ってなんかわかりやすいっすね」

 千夏だけじゃない。若い彼も意外と困った顔をしている。
 いつもいつも堀端にいる千夏を追いかけてくるから、二人きりになるのは初めてじゃない。
 でも……。こんな静かな部屋に、しかも夜空が見える部屋に二人きりは、昼間の騒音の中で向き合うより奇妙な気持ちにさせられる。

 だから彼も途方に暮れているではないか。

 だからって彼と何を話そうとも思わない。

 千夏はひたすら机を片づけ、帰り支度。
 明日すぐに仕事にかかれるように、散らかしていたファイルやプリントを整理しながら……。

「仕事している主任の眼鏡の横顔、カッコイイっすね」

 ちょっと驚いた。どこか垢抜けないままの元球児を思わせる彼から、そんな女を褒める言葉がさらっと出てきたことに。



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