亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
トゥラに向かって、前にいた兵士が目茶苦茶に槍を振り回した。
最初は刃の中を潜って避けきれた。
しかし脇にいた兵士が、地面に下り立とうとしたトゥラに向かって剣を突いて来た。
鋭い刃先が、腹部を撫でた。
―――トゥラ!!
トウェインは誰にも聞こえない声で叫んだ。
トゥラの腹部から、真っ赤な血が滴る。
トゥラはそのまま進み続けた。
傷は幸い浅い様だったが、走る度にぼたぼたと流血が早まる。
痛みを懸命に堪えているのか、前へ前へと動き続ける四肢は小刻みに震えている。
………嫌だ。トゥラが…。
痛々しい、忠実過ぎる姿。
じわじわと赤く染まっていく黒い体毛。
あの綺麗な艶のある毛並みは、今は何処にも見られない。
―――…良い子だ。
トウェインには最早、トゥラを止められない。
そう言ってあげるしか出来ない。
あまりにも胸が痛くて、“闇溶け”が解けそうだった。
無駄には出来ない。
血の臭いで、ワイオーン達は興奮した。
体力を消耗していくトゥラに、徐々に追いついていく。
ワイオーンの群れを避けれず、突き飛ばされる兵士が続出した。
広大な平地を走りきり、ようやく丘の手前にまで差し掛かった。
丘の周りは急な坂だった。
凹凸の激しい岩だらけの坂を、トゥラは爪を立てて登って行く。