亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
………静かに後退した。

草をゆっくりと、磨り減った靴底で踏み締める。
………形の曖昧な黒の生き物は、赤い焦点をダリルに合わせ、ドロドロとした身体を引き摺って寄って来た。


………獲物を見る目だ。





『―――……ハアアアアアアアアア……』









不気味な重低音の鳴き声が木霊する。


目玉の下が横一文字に裂け、そこから何重もの不並びな歯が覗いた。
粘着質な黒い唾液が滴り落ちる。







大人達を呼ぼう。

このままでは追い詰められ、餌食になるのは確実だろう。

………助けを呼ばなければ。

今は何も見えない夜。村まで少し距離がある。声を上げても、誰の耳にも届かない。





………どうやって?

どうやって助けを…。







(…………お母さん…)










……一瞬だけ母の姿を思い浮かべ、意を決してダリルは。

………細い獣道を走った。



つい今し方のんびりと歩いていた小道を、今は逆方向に向かっていた。

走り出すや否や、すぐ後ろで影は反応した。

標的のダリルを追いかける影は、身体の到るところから黒い手足を生やし、意外にも俊敏な動きで後を追って来た。

< 682 / 1,150 >

この作品をシェア

pagetop