亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
シンと静まりかえった空間に、その声は響き渡った。

………ローアン。

………まだ心の何処かで受け入れきれていない自分がいるが……それは紛れも無い、私の名だ。


私自身だ。

私は………ローアンだ。





振り返ると、階上から降りて来たらしいアレクセイが笑みを浮かべて佇んでいた。

幹部の人間で一番早く起床するのは大体彼だ。

「……早いか?……私からすれば…ここの人間がやや遅過ぎると思うのだが?」

「お厳しいお言葉ですな。まぁ、オーウェン様以外はすぐに起きて来るでしょう。………して、ローアン様」

「何だアレ……………クセイ」

爽やかな笑みを浮かべる彼が、すっと後ろ手から出したのは………。


―――右手にありますのは、青を基調とした裾の長いドレス。見る角度によって光沢の具合が変わる珍しい生地を織り込んだ代物。

―――左手にありますのは、黒を基調とした……

「ここは寒いなアレクセイ。奥の部屋の暖炉を見たが、薪が足りていなかったぞ」

殆ど棒読みで微笑を浮かべたまま、ローアンは競歩の勢いでアレクセイを追い越した。

アレクセイもやはり笑顔のまま、その後ろに同じ速さでついて行く。

「…………やはり駄目ですか?昨日お見せしたワインレッドはお気に召さなかったご様子でしたので、今日はやや暗めのものをと……」

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