亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
太陽の視線も差し込まない深い深い森。
沈黙の森。
その谷底にある黒い塔。
アレスの使者の本拠地であるその場所は、本来、魔の者達がいた場所であった。
その森を統治していたのは、魔の者に近しい、ユリアの名を持つ貴族だった。
あまりにも深く、方位磁石も役に立たない迷路の様な場所。闇に近い獣しか近付けない谷。
普通の人間がここまで来るには、“闇溶け”が必要となる。
そのため、この塔が敵から攻められることはまず、無いのだ。
真上にあった太陽は、いつの間にか大きく傾き、黄金色から赤みを帯びた光りを放っていた。
「………全兵、荒野まで進む様に伝達しろ。ライマンが先だ」
沈黙の森の樹木を挟んで見える太陽を眺めながら、塔の屋根に佇む隊長クラスの人間。
そうベルトークが命令すると、背後に控えていた兵士は敬礼をして“闇溶け”でその場から消えた。
少し離れた所で、沈み行く太陽をただただ眺めるジスカ。
前方からの突風が頬を撫で、後ろに結った長い金髪を揺らす。
「………総隊長は後から向かわれる。我々は先に向こうへ行くぞ」
「……………了―解…………………………………第4部隊の面々も今回はあの辺と一緒ですか?」
ジスカはそう言って真下を指差す。
遥か下の谷底では、“闇溶け”をして次々に荒野へ向かう兵士達の群れ。
あの中に混じっているのか。
今回は特に、第4部隊の……元、隊員には命令は下されていない。
「………そうだ。…………無駄口はいい。日が沈む前に荒野の前にいなければならない。……………行くぞ、バルバトス」
「……………了、解…」
二人は揃って高い塔の屋根から一歩、何も無い虚空に向かって軽く跳んだ。
垂直に落下する二人の姿は、黒煙に溶けて消えた。