亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
クライブは何も無い空間に手を伸ばした。
動いているのか分からない唇は、奇妙なリズムで小さく発声した。
「―――…『αγνχοζ ανθοζ………περιεργοζ απελπισια』(不幸な花・見知らぬ失望)」
クライブを中心に、黒ずんだ光が弧を描いて地面に流れた。
空気がビリビリと波打つ。
………クライブの細いシルエットの足元に、ふっと……二重三重に並んだ古代文字が描かれた黒い魔方陣が浮かんだ。
周囲の空気が蜃気楼の様に歪んだ。
「―――………来い、オルカ。久し振りに出してやる…」
不気味な笑みを浮かべたクライブの身体が、ゆっくりと……上昇した。
浮いた様に見えた彼の身体。
しかし………浮いたのではなかった。
クライブは………何かに、乗っていた。
(………何だ……これ………)
………一歩、ジスカは目の前に現れた物体を見上げながら後退した。
その姿は、はっきりとは見えない。
ぼんやりと黒光りする輪郭。
蝙蝠の様な羽。
裂けた口。
鱗状の背中で動くえら。
羽の生えた魚類の様にも見える。地面から一メートル程浮いた辺りを、滑る様に動く。
全長は約十メートル大。
その巨体は何も無い地面から浮かび上がって来た。
クライブはその背の上に立ち、深い息を吐いた。