今夜、俺のトナリで眠りなよ
「兄貴とカードのトレードしたんだ。数時間だけね」

「トレード?」

「そ。俺、嫌いなんだよね。パーティって。最初だけ顔を出したら、引き篭もるのが一番」

「な……んで、トレードを……」

 質問しながら、私は一樹君から目を逸らした。

 わかってる。答えなら、さっき見たじゃない。

 私以外の女性と、逢引をするため。

 この部屋で逢引なんてして、もし私に見られたら……。そうならないために、弟の借りている部屋を使っているのよ。

 私は首を横に振ってから、「何でもないわ」と呟いた。

 脳裏に焼き付いてる夫と見知らぬ女性とのキスシーン。

 まるで熱々カップルのような濃厚なキスだったのを覚えている。

 私は邪念を払うかのように、頭を左右に振ると「はあ」とムカムカする気持ちを息と一緒に吐きだした。

 見たくない光景。だけど見てしまった光景。

 忘れるなんて出来ない。けれど忘れてしまったほうが幸せでいられる。
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