シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
広い部屋の中に、凛と響くメゾソプラノの声。

アメジストの瞳にはしっかりと拒絶の色が浮かび、男を睨みつけている。


何とも言えない甘美な声、凛とした気高き美しさ・・・

固まったようにそのまま動きを止める男。

見開かれたブラウンの瞳には、羨望のような輝きが垣間見えた。

一瞬の後ハッとしたように舌打ちをすると、悔しそうに顔を歪めた。

「見かけに寄らず結構気が強いんだな。私は気が強い女が好きだ」

取り繕うようにぎこちない笑みを浮かべ、体を投げ出すようにソファに座った。


「安心しろ。まだ何もしない。あなたもそこに座って。少し話をしよう」

示されたソファに浅く腰かけるエミリー。

妙な動きをしたら、すぐに動けるよう用心深く男を見つめた。


「私の名前はシルヴァ・サルマン。シルヴァと呼んでくれ。もうすぐあなたの夫となる」

言いながら、握手を求めるように手を差し出した。

「わたしはあなたのこと何も知らないし、愛してもいないのに結婚なんて出来ません。帰して下さい」

シルヴァの手を一瞥し、拒否するように横を向いた。

手は膝の上でギュッと握りしめられている。


「帰る?どこに?あなたには身寄りがない。ここを出て、何処に帰ると言うんだ」

わざとらしく、驚いたような声を出すシルヴァ。エミリーの顔を観察するようにじっと見つめている。


「それは・・・」

言葉に詰まり、アメジストの瞳が空を彷徨う。


―――確かにそう

この男の言うとおり、ここを出ても何処にも行くところがない。

城の人たちがあまりにも優しくて、居心地が良くて、当たり前のように過ごしていたけれど、あの塔はわたしの家じゃない。

住むことを許されているだけ。

わたしの家は遥か遠く、戻る術も分からない故郷にある。

アランの塔に”帰る”だなんて、おこがましくてとても口にできない。

わたしには帰る場所など、この国のどこにも、無い・・・。

力強い光を湛えていたアメジストの瞳が曇っていく。


「分かったか?城にはもう戻れない。アラン王子は忙しい方だ。それに、冷酷でもある。自分の身内でもない、国にとって何も影響のない娘など、探すことはなさらない。そんなことは時間の無駄だ。身寄りのないあなたを不憫に思い、情け深く、今まで保護していただけのこと。公務の忙しさに、あなたのことはすぐに忘れてしまうさ」

身を乗り出すようにして、静かに語りかけるシルヴァ。

それを聞くアメジストの瞳はずっと伏せられたまま、唇は固く閉ざされている。


「あなたは私の元に居るしかないんだ。ここから勝手に出ることは、許さない。もし逃げようなど考えているのなら、辞めて置くことだ。逃げたら、あなたに仕えていた、あの赤毛の可愛いメイド。あの娘がどうなるかな―――?」
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