シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
「ほら、あなたたち。話などしてないで!食卓の準備がもうすぐ始まるわ。
急いで急いで!あなたはあちらの花、そうね、紫の花を摘んできなさい。エミリー様の瞳の色のような。シルヴァ様がお喜びになるわ」

そう言いながら年配のメイドが、通り沿いの方を指差した。

指示されたぽっちゃりとした若いメイドは、塀に近い場所に走っていった。

そして叱られたことを挽回するように、一生懸命紫の可憐な花を摘み始めた。


花は食堂や、エミリーの部屋に飾るために摘んでいる。

毎食ごとに変える食堂用の花のために専用の畑が設けられ、何十種類もの花が毎日仕入れられ、植えられていた。


「もう、毎回毎回大変だわ」

年配のメイドはため息を吐いた。

花を変えるのはいいが、内心、毎食ごとはどうかと思っている。

おかげで仕事が増えてしまった。

この広大な屋敷、ただでさえ仕事がたくさんあるのに。

急に寄せ集めで雇われたメイドたちをまとめるのは、経験豊富なこのメイドでも容易なことでは無かった。

学校出たての新米も沢山いるし、違う仕事から転職してきた人もいる。

何より、シルヴァ様目当てに来ているメイドの多いこと。

募集するとすぐ人が集まるのはいいが、仕事のきつさに、すぐに辞める人も多い。

メイドたちは何とかシルヴァ様の目にとまろうと、毎日虎視眈々としている。

これではエミリー様も、この先気苦労が多いことでしょう。


「ちょっと!そこの・・・それはだめよ。昨日使ったから。その隣のが良いわ」

若いメイドに花の種類の指示を飛ばした。


―――ドサッ・・・ドタッ・・・

「―――?何かしら・・・」

何か大きなものを落としたような、音がした。

それは、自分の背後の通り沿いの花畑の方から聞こえてきた。

振り返って花の影を覗く様に見ても誰もいないし、何もない。

通りを歩いている人が何か落としたのかも。

ここは塀も高いし、今は花を摘むメイドの他は誰もいない。

そんな物音を立てるような物を皆持っていない。

変ね・・・メイドの人数はこれだけだったかしら・・・

確かもう一人いたような?・・・きっと気のせいね―――

「さぁ、花を摘み終わったら行きますよ!仕事はたくさんあるのだから、急いで急いで」

湧きあがった訝しい思いを振り払うように、大きな声を出し、年配のメイドは皆を急かすようにイソイソと屋敷の中に戻った。


通り沿いの花畑の隅。

そこには、可憐な紫の花が入った籠が一つ、寂しげに転がっていた。
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